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[雪]
「ついに降りだしましたねぇ…」
縁側で手を差し出しその指先に触れた、白く、冷たい雪にシチロージは身を縮こませた。
怪我の養生と農民達の村の復興を見届ける為にカンナ村に滞在して、数ヶ月。
怪我はもうすっかりよくなり、野伏せりに荒らされた田畑や家もほぼ元通りだ。農民達は来たるべき冬に備え、せっせと冬支度にいそしんでいる真っ最中だった。
朝から少し肌寒いと感じていたが、午後から急に空が曇り始めたかと思ったら、白い雪がちらつきだした。
「カンナの村は高い所にあるだで、もしかしたらこのまま本格的な冬になるかも知れねぇだ」
このまま雪が暫くやまないかも知れないと、リキチが囲炉裏に火をつけながら告げた。
寒い寒いと袖の中に手をしまいながらシチロージは囲炉裏端に駆け寄って来る。
「私にもひとつつけて下さいな」
すでに囲炉裏端で一杯やり始めていたカンベエにシチロージはねだった。
「仕方のない奴だな」
リキチがお猪口(ちょこ)を取りにたったのも待てないという素振りのシチロージに、カンベエは苦笑を浮かべ、自らのお猪口を手渡すと酒を注いでやった。
「はー…温まりますなぁ」
一口飲んで満足げに笑むシチロージ。
「積もりますかねぇ?」
寒いのは苦手なのだとシチロージは苦い顔をする。
そこへお猪口を持ってリキチが帰ってくる。
雪が僅かに積もり始めていた。
「シチロージ様は雪がお嫌いですか?」
「綺麗にはございますが寒いのが苦手でしてね…」
新しく持って来たお猪口に酒を注ぎながらリキチも寒いのは苦手だと笑う。
「だども、おら、雪は好きだ。白くて綺麗だ。日に透けてきらきらしてて、あー、これが全部米だったらって、思った事があるだよ」
少し恥ずかしそうに笑いながらリキチが言った。
「雪が米なら農民は万々歳ですなぁ」
それこそ、まさに天の恵みと、ふざけて笑うシチロージの脳裏にふいに浮かんだ馴染みの顔に、彼は懐かしさを感じ、その名を口にした。
「ヘイさんもそう言いそうですなぁ」
「これが米なら泣いて喜ぶだろうな」
カンベエもシチロージの軽口に乗って、ヘイハチならそうするだろう事を想像して笑う。
白い雪の上、眩しいオレンジ色の髪を弾ませ、声を弾ませ、笑う声が聞こえてきそうだった。
「ヘイハチにも見せてたりたかったな」
ぽつり、と。
叶わぬ事と知りて、口を割ったその言葉が思いもかけず耳に届き、心に沁みて痛い。
苦い顔を読み取られぬように、酒を一気に呷る。
「…ですな」
カンベエの心内を知りてか知らざりてか、シチロージも頷くと、降り止まぬ雪をしんみりと眺めた。
雪が融けたら、新芽が吹いて、また新しい季節が廻る―――…
何も変わらない時間の廻りの中、共に在れない物悲しさに気付かされる。
「全てを果たした上で、この大地に実る米を共に愛でたかったな」
叶わぬ繰り言とカンベエは独りで笑った。
―ENDー